【お酒のトラブル】酒好きと依存症の違い!アルコール依存症の話

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みなさん、こんばんわ。

藤ととちゃんです。

皆さんはお酒飲みますか?

藤ととちゃんは良く飲みます。近頃は酔っても眠くなってしまいすぐにZzzzzz(汗)

先日、某アイドルも酒気帯び運転でニュースになりましたね。

先ほど、ネットニュースにもなっていましたが・・・

タダのお酒好きとアルコール依存症というのはどこが境目なんでしょうか?

わかりそうで、説明できない・・・

今日は社会問題の一つ、アルコール依存症の話です。




アルコール依存症ってどんな病気?

アルコール依存症はお酒を飲む人なら男女を問わず誰でもかかる可能性のある病気です。

この誰でもなるってところが一つの特徴ですね。

患者数は、全国で80万人と言われていますが、依存症の専門治療を受けている方は、その中の数万人にすぎません。

アルコール依存症は、長い期間、大量にお酒を飲み続けることによって、進行し、しだいにお酒なしではいられなくなる病気です。

初めは単なる晩酌などの習慣のつもりで飲んでいても、お酒を飲まないと気分が晴れず、お酒に頼って、ついつい手が出るようになり、そのうち少量では、酔えなくなってきます。

そのため飲酒量が増えます。酔っている時間が少なくなることもにもなるので、飲酒している時間自体が長くなります。

さらにお酒が切れるとイライラする、不安になる、手が震える、夜眠れない、汗をかく、食べたものを吐くなどの症状(離脱症状)が出てきます。

また、一度お酒を飲み始めるとひたすら飲み続けます。酔っている時間をなくすことができなくなるのです。なので食事も摂らず、『飲んでは寝る』を繰り返すこともあります。

ここまでの状況になると一般社会での生活の維持は困難となります。まずは、生活基盤の基礎となる経済基盤が破綻します。なぜならば大体の場合、酔って仕事にいけないので仕事に行かなくなります。仕事に行かないと職場から追放されます。これを世間では失業といいます。

お金はなくても酒を飲みたい欲求は減りません。家族のお金を無断借用します。家のお金をお酒に使い込みます。家財道具を勝手に売り金を作り酒を飲みます。そうすると家庭が破綻します。家族から追放されます。

一人になると寂しさからさらに飲酒時間が延長します。飲む量も増えます。ここでポイントなのが、本人の飲酒問題がすでに他の要因にしたいがために置き換えられているということです。そもそも孤独になったのは本人の飲酒癖のせいですから。

当人はそんなこと気づくはずありません。気づいているならとっくになにか脱却するための方法を模索しています。

寂しいなんて思っている人はさらに飲み続けます。でもお金がありません。ここで借金が一気に増えます。カードローン、サラ金・・・借金したお金はすべてお酒につぎ込みます。もうこうなると生活面も破綻、体はぼろぼろ、幻覚に対し叫ぶなどへんてこなことをしまくり人間関係も破綻・・・どうにもこうにもならない状況になります。

日本の場合、ここで医療機関の強制介入というパターンが発生します。アルコール依存症の患者が住むアパートや周辺住民から苦情が絶えなくなるからです。ここでアルコール依存症の患者のごく一部は医療機関によって保護されます。

保護されない人はどうなるんでしょうね・・・

この程度までなると最悪なパターンになります。

ちなみに、医療機関に保護されなかった患者のその後は藤ととちゃんはだいたいの予想しかできません・・・

まぁ、良い話にはならないのでやめましょう。

アルコール依存症かなって言われるポイントは?

厳密な話、アルコールは嗜好品です。そして薬物と同様のカテゴリになります。

嗜好品ということは欲する人と欲しない人がいます。

そしてアルコールは薬物です。

なので端的にいいますと・・・

アルコールを欲する気持ちがある時点でアルコール依存となります!

しかし、これではあまりにも端的過ぎます。

藤ととちゃんもそのくくりだと、立派なアルコール依存です(汗)

問題は飲酒することで、生活面・社会面で致命的な問題が継続して発生しているかどうかです。

節度ある飲酒はまったく問題になりません。

自分のお財布の中で、職場にも家族にも迷惑をかけず、お酒を飲む。

祭りの縁日で昼間でもビールを飲む・・・

今の日本社会ではこれはまったく問題にならない行動です。

問題になるのは社会的に問題ある行動が発生したり(今回の某アイドルの例があてはまります)、借金をしたり、失業したりという時。

ようは生活の維持ができなくなった時が問題の発生点となります。

ではアルコール依存症の治療とはどのようなものでしょうか?

アルコール依存症の治療では自己意思契約が必須!

アルコール依存の患者が医療機関へ搬送されるとき、身体的にも精神的にもかなりダメージを負った状態でくることが大半です。

しかし、そのような医療機関への受診は本人の意思でないことがほとんどです。多いのは暴れて、家族や身内が手を余した時などです。あとは警察機関からの受診依頼も多いです。

先ほど書いたように、アルコール依存の人は問題点を上手にすり替えます。結局のところ、ぐったりして病院に搬送されても内科的処置を受けることで、結構すぐに元気になります。そこで次にいうことは「退院する」です。理由は酒を飲みたいから。

そこに本人は問題意識はありません。医療機関のスタッフが治療を薦めても「自分で病院きたくて来ていない」などと普通に平気に言います。

もしも、アルコール依存かもと思っている人がいたら大事な事があります。

お酒を飲むことが問題で自分をどうにかしたいと思ったら・・・

それは自分の意思でお酒をやめる「断酒する」ということです。

そうです、自分の意思ということです。

断酒ということは「お酒を断つ」ということです。決して飲酒量を調節することじゃありません。二度と飲まないということです。もし飲んだらなんて甘い考えはしてはいけません。

もしもはありません。

二度と飲まない。

それだけです。

それが判断できない時、また言い訳を考える「得意のすり替え」作業をします。

悪いのはお酒じゃありません。自分自身なんですよ!!




ということで、アルコール依存の治療契約はあくまで自己意思で始めるということ、問題は自分自身の飲酒が引き金で起きていることを理解してもらいます。

そして、治療が始まります。

治療方法はさまざまな種類がありますが、グループワークで自分の問題を振り返り、現実に起きた多数の問題がすべて自分の飲酒行動が問題の発端となったことを直視します。

振り返ります。逆に飲酒しなければ問題は発生しなかったことを考えて、理解し、二度と起こさないように参加者と契約をします。

「私はお酒を飲むことで問題を起こし迷惑をかけました。なので二度と飲みません」

治療の話をするとこれでゴールみたいな感じがありますが、スタートラインに立っただけです。

実際にはお酒も医療機関で治療を受けているという強制力が歯止めになっているだけです。大切なのはいかにお酒のことを頭からなくして生きていくかです。

1人じゃ絶対無理な断酒生活

これも難しい課題です。当事者(アルコール依存の患者)は他人や家族と問題を起こし過ぎて孤独になっています。しかし、断酒するという理由でずーっと入院することは検討はずれといいますかその考え自体がすり替えになっています。

入院してるから酒を飲まないという考えです。

その時、治療契約が有効になります。誰のお願いでもない、当事者自身の意思で病院は治療環境を提供しているだけということです。

さて、そんな当事者は医療機関から離れると、そこらじゅうに再飲酒の魅力を感じます。TVをみてもビールの宣伝。ネットをみても缶チューハイの宣伝、外を歩くとコンビニから焼きとりのにおいや、おでんの旗・・・

そうなんです。これらの誘惑を100%断つのです。10割です。

そんな時、自分ひとりだと「誰も見ていないから」「こうなったもの、そもそもあいつのせいだ」などと得意のすり替え思考が起動します。

しかし、過去の問題行動から、人間関係が崩壊した当事者に近づく人はいません。

じゃあ誰かがみてりゃいいんでしょって感じで「断酒会」というグループ活動があります。

1人でいる時間だけにしないということです。

この活動には原則休日はありません。毎日あります。

日本の文化でとにかくお酒を飲みそうな時期、正月には雑煮会というイベントを開き、おせちに日本酒などというものは見ないようにします。

そして自分の苦い体験を人に話します。人に話するうちに自分の体験は自分自身の飲酒行動が問題だったと感じるようになります。しかしここまで来るのには数年かかるでしょう。

アルコールも薬物なんですよ!

アルコール依存も立派な薬物依存です。

覚せい剤、大麻、違法ドラックと結局は一緒です。

依存というものを形成するという考えでは最終的に差はありません。

違うのは違法性がない薬物の一つだということです。

20歳以上の人は手に入れること、使用すること(飲む事)が法的に認められている薬物です。

それは決して無害ではありません。

煙草も同じ事が言えますが、日本の文化、長い歴史の中から古来の嗜好品であるという観点から法的に認められているだけです。

その他にも税収という国家を維持するために必要なお金になるものです。

いくら法的に認められるものとはいえ、それが問題になるって現実は歴史的にも証明されているのです。

そこには良識のある節度というファジーなマナーを尊守するということが求められます。

いかがでしたか?

最後まで読んでいただきありがとうございます。

また、読みにきてくださいね。




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